コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

【掌編小説】 夜の力

f:id:kuninn:20171123223518j:plain

 青天の霹靂。想定外。驚天動地の不測の事態を報告せねばなるまい。

 あたしの所属する文芸部はわりと団体行動が好きで、その花火大会も引率の顧問以下10数人の部員が全員強制参加であった。もちろん、花火大会を題材にした散文を各自作成し、秋の文化祭で同人誌として発表するという名目はあるのだが、お目付け役同伴といういささか色気のない状況であるのは間違いない。仕方がない、我が生地はそういう土地柄なのである。

 花火大会閉幕後の帰り道、顧問と部員はそれぞれの利用するバス、鉄道ごとにまとまって帰ることとされた。夜道の危険を考慮してとのことだが、はっきり言って有難迷惑であった。なぜなら、あたしの利用するバス停は、部員の中ではあたしと2年の先輩の二人しか利用していないからだ。そしてあたしはその先輩が大の苦手なのだ。

 ガチガチの推理小説マニアを自認する先輩は、すべては論理で説明できる、また、説明すべきだと言って譲らない。また、1年生の時に長期休学があったとかで、実際は3年生かそれ以上の年だとかの噂もある。つまり、年不相応な雰囲気を持った変人なのである。あたしも文芸部に入った当初、自己紹介であたしが好きな作家として「アーサー・ランサム」をあげたとたんに、「ふん、子供向けの湖上冒険ものか」と一刀両断にされた。あたしにとって「アーサー・ランサム」は、個人的には「サー」をつけて「サー・アーサー・ランサム」と呼んで尊敬している先生なのにである。普通、入部したての新入生には優しい言葉をくれるものではないのか? あたしは、入部した早々で退部を考えたことを覚えている。

 花火大会終了後に顧問の長話があったせいで、一般客とは帰るタイミングが異なることとなった。バス停でバスを待つのはあたしたち二人だけ。間が持たなくなったあたしは恐る恐る先輩に話しかけた。

「せ、先輩。今日の花火とても綺麗だったですね。」

 月明かりとバス停の明かりがあるとはいえ、田舎の夜道は暗い。幾層にも重なって星が瞬いてむしろ地上よりも明るいのではないかと思える空を見上げながら、先輩はぼそっと返事した。

「そうだな、きれいな化学反応だった。」

 そうだ、この人は、花火を見てもその美しさに感動するのではなく、その成分の酸化呈色反応に興味を馳せる人だった。自分の思考と先輩のそれとのあまりの方向性の違いにめまいを覚えながら、あたしは何気なく言葉をつないだ。

「このあと、この花火大会をテーマに、みんなが作品を書いて持ち寄るんですよね。なんだか恥ずかしいです。特に夜に書いたものなんか、自分で読んでも恥ずかしくなっちゃう。」

 先輩は、あたしの言葉が耳に届いていないかのように、いやそれどころか、あたしが傍にいることも忘れてしまったかのように、一心に夜空を見上げていた。そして、誰ともなしに、小さくつぶやいた。

「それはそうだ。人の心はもとより光り輝いているものだ。だから、夜になれば一層明確に表れてくるのさ。今日の花火のように。そして、この星月のように。それが夜の力だ。」

 言葉が口を離れてしばらくして、ビクッと身体を震わし、ゆっくりとこちらを振り返った先輩。これほど「しまった」が現われた表情をあたしはこれまで見たことがない。

 そして、あたしは報告せねばなるまい。

 あたしは、この時、先輩こと狭山涼に恋をした。