コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

【掌編小説】 流れ星に乗って

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「ありがとうございました。さようなら。」

 帰りのあいさつをしながら保育園の門扉を閉める。

 父子家庭の我が家は、当然わたしが仕事帰りに息子を迎えに行くことになる。どうしても期限一杯まで延長保育をお願いすることになるので、冬のこの時期は、あたりはすっかり暗くなっている。

「今日は保育園どうだった? 楽しかった?」

 さして遠くない保育園の駐車場まで、しばし、息子と手をつなぎ夜の散歩を楽しむ。

 まばらに街灯があるとはいえ、この辺りは車のあまり通らない住宅地なので、路上は薄暗い。わたしの顔を見上げる息子の顔には、うっすらと夜が影を落としている。

 いや、今日はいつもより元気がないな。何か保育園で嫌なことでもあったんだろうか。

「どうした、元気ないな。なにかあったのかな?」

 立ち止まって、息子の顔の高さまでしゃがみ込んで声をかける。やっぱり、なにか、悲しそうな表情だ。

「あのね、颯太ね、おねがいね、はやくてね、言えなかったの、ママにね、ウ、ウアー・・・」

 息子は何かを説明しようとしているが、思い出してまた悲しくなってしまったのか、泣き出してしまった。

「あーもう、しかたがないなぁ」

 ひょい。

 息子を片手で抱きかかえ、そのまま駐車場まで歩くことにする。

 話は歩きながら聴こう。

 お迎え終了したこの時間だけは、少しだけ余裕がある。

 

「あのね、あのね」

 だっこで少し落ち着いたのか、息子がぽつぽつと話しだし、話の全貌がようやく分かってきた。

 今日は、ふたご座流星群の日。

 延長保育の園児たちと保母さんは、暗くなった園庭で、流れ星を探していたそうだ。

「流れ星を見つけたら、消える前にお願いを3回繰り返すと叶うらしいぞー。探してみようー!」

 必死に流れ星を探す園児たちの姿が目に浮かぶようだ。もちろん息子もその中にいる。

 今年は月夜と重ならずに観測条件が良いせいもあるのか、息子も何個か流れ星を見つけたようだが、あまりにも消えるのが早くて、願い事を3回繰り返すことができなかったようだ。

 母親を事故で亡くした息子の願い。

「ママにもう一度会いたい。」

 

「そうかー。残念だったなぁ。」

 抱きかかえている息子の背中を、反対の手でポンポンと叩く。子供の身体は温かい。

「だけどな、心配することないんだよ。」

「でも、颯太、ちゃんとお願いできなかった。」

 また、ぐずりだしそうな息子に、あわてて言葉をつなぐ。

「いいか、颯太。ママはお星さまになったってパパは言っただろう。そういう人はたまに流れ星に乗って地上に帰ってくるのさ。今日はたくさん流れ星が落ちるから、きっとママも帰ってくるよ。」

 わたしの言葉を聞いて、息子はわたしの肩にもたれさせていた頭をがばっと起こした。

「え、ほんと! パパ、ママにまた会えるかな!」

「もちろんほんとだよ。でも、夜の流れ星に乗ってくるから、会えるのは夢の中だけだけどな。」

 がっかりするかな、と少し心配しながら続けたが、息子の言葉は意外な物だった。

「それはそうだよ、パパ。起きてる時だったら幽霊だもん。でも、ママに会えるから、今日は颯太早く寝るね。早く帰ろうパパ!」

「あ、ああ。そうだな。じゃあ、帰ってお風呂入ってごはんにしよう。」

「うん!」

 子供は強い。悲しい出来事も、自分の中で確実に処理していっている。そういえば、抱きかかえている息子の身体も、少ししっかりしてきたような気がする。

 そんなことを考えながら歩いていると、保育園の駐車場に辿り着いた。車の後部座席に備え付けたチャイルドシートに息子を載せ、夜空を見上げる。

 田舎の空とは比べることはできないだろうが、住宅地のここから見上げても、数多くの星が瞬いている。広く高く、視界いっぱいに広げられた星空。

 今この瞬間に流れ星が現われたなら、「颯太の夢にママが現われますように」と三度唱えるだろうか。いや、その必要はない。わたしは知っている。今日、颯太の夢に彼女は現われるだろう。今夜落ちる流星のどれか一つに乗って、きっと彼女は返ってくる。

「パパ、早く帰ろうよ!」

 後部座席の息子からの催促で我に返ったわたしは、車の運転席に回り込みドアを閉めた。

「よし、帰るぞ、出発!」

 息子に声をかけながら、駐車場から暗い夜道に車を乗り出す。ヘッドライトが流れ星のように動き出した。

 思わず、わたしは心の中で、願いを三度唱えた。

「今夜、多くの流れ星が現われますように。」